神戸地方裁判所 平成11年(ワ)71号 判決 1999年6月30日
原告
葉狩壽賀雄
被告
正井則彦
主文
一 被告は、原告に対し、金九九一万九六六四円及びこれに対する平成八年六月二〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その三を被告の負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告は、原告に対し、金一三三四万七五一一円及びこれに対する平成八年六月二〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、後記交通事故(以下「本件交通事故」という。)により傷害を負った原告が、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求める事案である。
一 争いのない事実等
1 交通事故の発生
(一) 日時 平成八年六月二〇日午後五時四五分ころ
(二) 発生場所 神戸市垂水区狩口台七丁目一五先路上
(三) 事故態様 横断歩道を自転車を引いて横断中の原告に、被告運転の軽自動車が衝突した。
2 責任原因
被告には前方不注視の過失があり、原告に生じた損害について民法七〇九条にもとづき、損害賠償義務を負う。
3 原告の傷害・治療経過
原告は、本件交通事故により、右脛骨及び腓骨開放性骨折、頭部外傷Ⅱ型、右脛骨及び腓骨遷延治癒骨折の傷病名で、明舞中央病院に、平成八年六月二〇日から同年一二月一七日まで入院し、同月一八日から平成一〇年七月一五日まで通院し、同月一六日から同年八月一日まで再度入院し、同月二日から同年九月三〇日まで通院して、同日症状固定した(入院日数計一九八日、実通院日数計五二日)。
症状固定後、原告は、自動車保険料率算定会により、後遺障害等級併合一一級との事前認定を受けた。
二 争点
本件における主要な争点は、原告に生じた損害の認定及び評価である。原告の主張する損害額は別紙損害計算表中の請求額欄記載のとおりである。
1 逸失利益算定の基礎となる収入(争点1)
(一) 原告の主張
原告は症状固定時において六九歳であり、六九歳の平均賃金は三九五万五八〇〇円であるから、これを基礎とすべきである。平成八年五月及び六月は、本件事故により収入が減っているので、基礎にすべきではない。
(二) 被告の主張
原告の平成八年五月及び六月の収入は、それぞれ一六万円及び一二万八〇〇〇円に過ぎず、一日当たりの給与は八〇〇〇円であるから、これを基礎とすべきである。
2 労働能力喪失率(争点2)
(一) 原告の主張
原告が本件事故により受けた障害は、右足関節の機能障害(第一二級七号)及び右下腿部の醜状障害(第一二級相当)であり、自算会の事前認定では併合一一級との後遺障害認定を受けているから、労働能力喪失率は二〇パーセントと見るのが相当である。現実には、右後遺障害のために松葉杖を使わなければ歩行できない状態で、従事していた警備員の仕事を行うことは不可能であり、軽易な事務程度しか出来ないが、原告のような年齢の者を事務職として採用してくれる雇用主は現実にはあり得ないので、事実上労働能力喪失率は一〇〇パーセントである。
(二) 被告の主張
原告の後遺障害はともに右下腿にある上に、下腿の醜状障害は労働能力に影響を与えない。現に原告は、本法廷において、警備員としての仕事に差し支えるのは右足関節の機能障害であることは供述しても、醜状障害には全く触れていない。従って、原告の労働能力喪失率については、第一二級七号に該当する右足関節の機能障害を考慮すれば足り、多くても一四パーセントを越えるものではない。
3 原告の入通院及び後遺症に対する慰謝料(争点3)
(一) 原告の主張
原告の本件事故により受けた傷害の程度、入院日数及び実通院日数を考えると、入通院慰謝料は三五〇万円が相当である。また、後遺症に対する慰謝料としては四〇〇万円が相当である。本件事故によって原告が受けた傷害の治療中に発生した総胆管結石症及び腸閉塞は、右足とは全く別の部位であり、この傷病によって治療が長引いたということはない。むしろ、これらの病気は本件事故による傷害の治療のため原告が過大な精神的負担を受けたため生じたものと思われるので、慰謝料の増額理由とすべきである。
(二) 被告の主張
原告の私病が、治療の長期化に、また「腓骨遷延治癒骨折」に影響を与えたとの疑念は拭いきれず、原告主張の慰謝料は高額であって妥当でない。
第三 争点に対する判断
一 争点1(基礎収入)について
1 甲二、甲三、甲二〇、乙一、乙二及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、元々胃癌を患っていたものの、本件事故に遭うまでは、就労可能な程度の健康は有しており、徒歩ないし自転車で駅まで通勤していたこと。
(二) 原告は、平成七年二月一一日、有限会社ライフ警備保障に警備員として採用されたが、行方不明の姪を捜索していたため、現実に働き始めたのは平成八年五月九日からであったこと。
(三) 右勤務先での日給は八〇〇〇円であり、平成八年五月の勤務日数は二〇日で、収入は一六万円、同年六月の勤務日数は一六日で、収入は一二万八〇〇〇円であったこと、平成八年五月一六日から同年六月一五日までの一カ月における勤務日数は二七日であり、その間の給与額は二一万六〇〇〇円であったこと。
2 右認定事実に前記争いのない事実を総合すると、原告が本件事故に遭わずに右勤務先での稼働を続け、月額二一万六〇〇〇円の収入を得たとしても、その年収が原告主張の平均賃金に及ばないことは明らかであり(216,000×12=2,592,000)、この他に賞与等の受給が予定されていたと認めるに足りる証拠はないから、原告が平均賃金程度の収入を得る蓋然性があったとは認められない。従って、平均賃金をもって逸失利益の算定の基礎とすることは相当ではなく、この点についての原告の主張には理由がない。
次に、原告が平成八年五月一六日から同年六月一五日の間に二七日稼働した事実は認められるものの、これはこの一カ月だけに過ぎず、常に月に二七日間稼働出来たとは認められないので、原告が一カ月に稼働出来たのは平均で二五日と認めるのが相当である。従って、日給八〇〇〇円で月に平均二五日稼働したものとすると、原告の年収は二四〇万円(8,000×25×12=2,400,000)と認めるのが相当である。
この点につき、被告は、平成八年五月及び六月の給与はそれぞれ一六万円及び一二万八〇〇〇円であることから、これを基礎に逸失利益を算定すべきであると主張する。しかし、前記認定事実によれば、平成八年五月の勤務日数が二〇日であるのは働き始めたのが同月九日からであること、同年六月については本件事故のため勤務日数が一六日となっているのであり、かえって、同年五月一六日から六月一五日までの一カ月を見れば、その勤務日数は二七日となるのであるから、平成八年五月及び六月の給与額のみを基礎に逸失利益を算定することは妥当ではない。
二 争点2(労働能力喪失率)について
甲二〇によれば、原告の右下腿の醜状痕のある部分の皮膚は、ものが触れると痛みがひどく、就寝時に布団が触れるだけでも痛みがあることが認められる。原告は、このため非常時の咄嗟の動作がとれないので、今後警備員の仕事は続けられない旨供述しており、右下肢の醜状障害は原告の労働能力喪失に無関係とまではいえない。従って、原告の労働能力喪失率は事前認定による後遺障害の程度に照らし二〇パーセントと認めるのが相当である。
なお、原告は、その年齢で軽易な事務程度しか出来ない者を事務職として採用してくれる雇用主は現実にはあり得ないので、事実上労働能力喪失率は一〇〇パーセントである旨主張するが、事実上の雇用の可能性は労働能力の喪失による逸失利益の算定に当たって考慮するのは相当ではないから、この点の原告の主張は慰謝料の算定に当たって斟酌するにとどめる。
三 小計
右のとおり、基礎収入を二四〇万円、労働能力喪失率を二〇パーセントとするのが相当であるところ、原告(昭和四年七月生)は症状の固定した平成一〇年九月三〇日に満六九歳であったから、平均稼働年数を七年と見るのが相当であり、これに対応するホフマン係数五・八七四三をもって、中間利息を控除すると、逸失利益は二三六万二五六〇円と認められる。
(2,400,000×0.2×5.8743)=2,819,664
四 争点3(慰謝料相当額)について
甲一〇、二一、原告本人の供述によれば、原告は本件事故の治療のための入院中の平成八年一〇月半ばに一週間別の病棟に移って胆石症のため胆のう摘出術を受けたこと、退院して通院中の平成九年三月二四日から入院して総胆管結石症のため開腹術及び胆道スコープによる切石術を受け、さらに腸閉塞に対する手術をも受けたが、腹壁縫合糸の膿瘍を併発して同年九月五日まで入院していたことが認められ、右症状及びこれに対する治療は本件事故に原因するものとは認められないし、これらの病気が、原告の骨折治癒の遷延に寄与した疑いも残る。
右認定事実のほか、前記争いのない事実及び弁論の全趣旨をもとに、原告の傷害の程度、年齢、入通院期間等を総合考慮すると、原告に対する入通院慰謝料は二七〇万円をもって相当とし、後遺障害に対する慰謝料は、三六〇万円をもって相当とする。
五 弁護士費用について
原告が、原告訴訟代理人に本件訴訟の提起遂行を委任したことは当裁判所に顕著であり、本件の内容、難易度、叙上の認容額、その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は八〇万円と認めるのが相当である。
第四 以上の次第で、原告の請求は、金九九一万九六六四円及びこれに対する平成八年六月二〇日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 下司正明)
(別紙) 損害計算表